間取り図からの、幸せ論

間取り図からの、幸せ論

意外と間取りを見ているのが好きな人って多いですよね。

私も新聞の折り込みチラシに近所のマンションの間取り図なんかがあると、つい夢中になって見入ってしまいます。

そしてどこに何を置こうかなんて妄想の世界に入り込んでいきます。

ですが、せっかく妄想するのに、手の届きそうな家の間取りでは少しモノ足りません。ここは一つ、盛大に夢を見るべきなのです。

今やインターネットでいくらでも検索出来る時代です。

パッと思い付く高級住宅地や、「プール付き」だとか「ジム有り」だとかを検索ワードに放り込んでみます。

そうすると、妄想の遥か上をいく現実を見せつけられるのです。

都内にこんな高級マンションがあるのか、と驚きを隠せません。

プールやジムなどは最早付いていて当たり前であり、コンシェルジュとしてホテルの様なロビーに人間が在中している事も珍しくありません。

さらに、コンシェルジュの手前で「門番」がセキュリティチェックを行う様なマンションもあります。

壁から床から驚く程美しいマンションを見せつけられながら「門番」と聞くと、皇居や国会議事堂くらいしか私の頭には思い付きません。

何だか大学などの施設にあるそれとも違い、門番にも品位が問われている様な感じがあるのです。

もうどんなに妄想を繰り広げても、なかなか部屋に上げてもらえないので大変です。廊下にはカーペットが敷かれ、いちいち感動します。

あまり感動ばかりしていると余程貧しいのかと思われるかもしれませんが、多くの一般人の感覚として、私に狂いは無い筈です。

簡単に言えば「一流ホテルのスウィートルームを買った」様な部屋の数々。

どれだけ収入があればこういう家に住めるのか、もう妄想ですら追いつきません。

そして、室内写真を見た時、どこに何を置こうかなんて想像もしてはいけないのだと思えてきます。

それは、その部屋に似合う様な家具を、私はただの一つも持ち合わせていないからです。

私は静かにインターネットを閉じます。

そして、折り込みチラシを畳み、まずすべきは新聞を読む事だと悟りました。

「幸せはお金ではないのだよ」そう呟きながら、インスタントコーヒーの香りを嗅ぎ、「今日も空は美しい」と、何もかもから解き放たれた詩人を気取るのでした。

合コン

小さな気遣いの積み重ね

運転中に突然おなかが痛くなってしまい、一か八かで駆け込んだ公民館。入り口を入って早々に何かの恐怖から逃れるかのような勢いでトイレに直行。変な人を見る視線を感じはしましたが、そんなことは、その時は気にする余裕はありませんでした(笑)

トイレは幸いにも個室が全て空いていました。ラッキーでした。しかも洋式トイレ。願ったりです。腰を落ち着け、そしてようやく安心しました。

朝、慣れない牛乳をたくさん飲んだのがいけませんでした。いつもはスポーツドリンクや麦茶で喉を潤すのですが、その日はたまたまどちらも切らしており、仕方なく滅多に飲まない牛乳を飲んだのでした。そして久しぶりに飲んだら意外にも美味しかったもので、ついがぶ飲みしてしまったのでした。

偶然にも、公民館があって助かりました。コンビニ等に入っていたら後悔していたでしょうね。あのような場所のトイレはいつも誰かが入っていますから。

しかし綺麗な公民館でしたね。トイレも綺麗でした。快適な個室空間でついのんびりしてしまいたくなるほどです。利用客に小さなお子様連れもいるためか、ベビーシートを設けてあったり、荷物を置く台まであったりと、至れり尽くせりでした。

また、トイレットペーパーの端っこが三角形に折りたたまれているという気遣いが良い感じでしたね。これをみると「あぁ、しっかりと清掃がなされている綺麗なトイレなんだなぁ」と感じることができます。

こんな些細な気遣いを見ると、嬉しくなっちゃうんですよね、私。微笑ましいというか幸せというか。

ちょっと大げさに感じすぎかもしれませんが、そういった小さな気遣いが積み重ねることで、人と人は幸福を感じて平和に結びつくのではないかな? なんてことまで私は思ってしまいます。

平和っていうと、つい大きくて大変なことを想像してしまいがちですが、意外と小さな積み重ねをこつこつ積み上げていけばそのうち実現できそうな気がします。もちろんそれは1年や10年といったスパンでは無く、100年、1000年といった積み重ねが必要なんでしょうけれども。

ですが、それで確実に後の世代に平和が訪れるとしたら、小さな気遣いを積み重ねるかいは絶対ありますよね?

そんなことを私は公民館の綺麗なトイレの個室で思い、トイレットペーパーの端を三角形に折り、後にしました。

看護のお仕事